2014年08月05日

私の人生を変えた人が亡くなりました

毛利です。

昨日、ある事を知りました。
私と相続を引きあわせてくれた人物が亡くなっている事を。

昭和39年生まれなので、49歳位でしたでしょうか・・

私の人生の影響を及ぼした数少ない人の1人です。

私は、2006年春に10年の節目で飲食業界の仕事をやめました。
そこから半年ほど、職業訓練などでパソコンスキルを習う傍ら、夜にLECに簿記を学びに行き、
通信でFPの勉強をしていました。

そして、10月末に転職活動を始めました。
2006年11月3日、浦和にある某不動産会社に面接に行きました。

その時の面接者がK部長でした。
K部長は不動産売買の営業部長で、見た目はやくざ風(やくざ風なだけです。あっ一応もとボクサー)

「毛利君の履歴書は素晴らしい。是非うちにきてくれ」
面接も何もほとんどなく、採用通知
街の不動産会社には、私のような大きな会社でしかも10年きちんと働いて、そこそこ資格を持って
面接にくる輩は希有だったようです。

私は、前の会社よりステージをあげたいというのがあり、
積水ハウス
三井リハウス
東急リバブル
大京リアルド
東進スクール

など大手思考で動いていました。

しかしK部長が
「欲しい給与言ってくれ、俺が社長にかけあうから」
など言ってもらい、私は人生で初めて本気で悩みました。

最終的に、大手でコマの1つになるより、ここまで個の自分を欲しいと言ってくれた会社に行こうと決めました。
大手に行っていたら今の自分は無かったと思います。

そして2007年3月
この会社が相続のビジネスを新たに始めるという事で
K部長がTOPでその下に私が抜擢されました。
このビジネスは、この不動産会社がFCに加盟していた事もあり、7社で各会社から相続担当を1人だし
相続ビジネスを作ろうという話でした。

今でこそ相続ビジネスは、たくさんの方が参入していますが、当時はまださほど話題ではありませんでした。

私はゼロから相続ビジネスを動かすのですが、半年で集客3件、マーケティングも分からなければ、開拓方法もツールも知識もなんにもない。

そんな中、K部長も相続ビジネスについては素人。
しかし、K部長は、FCの営業コンテストを仲介手数料、仲介件数などで全国TOPを続けている男

私が入社したのも「私はK部長のようになれますか?」
部長「ああ、責任もってお前を育てる」
といわれ入社しました。

ただ、結果的には、相続ビジネスがうまくいかず、それに伴い、私の反抗期パワーも増大し
部長との関係は悪化に悪化を重ねました。

そして、私は当時の専務のアドバイスもあり、経営大学院に通い始めました。
宅建と相続の養成講座、そして経営大学院

私は新規事業で結果が出なければ会社をやめるつもりで取り組んでいました。


幸い、会社の同僚に自己啓発が好きな方がいて、自己啓発のセミナーなども紹介されメンタルを
鍛える事が出来ました。

そして、大学院で学んだ事で大きくビジネスが動きだし、だんだんと軌道に載り始めました。

結局、部長のアドバイスを聞かず、結果が出始めた事で、さらに関係は悪くなり
会話もしなくなりました。

もともと、私は会社の飲み会やだらだら残業したりとか「無駄」と思う時間を作らなかったので
会社では浮いていました。
浮く事自体も私は全く問題とも思っていませんでしたし、むしろ大学院や外部の人で成功している人と
親交を深めました。

2010年 K部長はFC本部の方にヘッドハンティングされ、そちらの社長になりました。

そして私は、別の事情で2011年8月末に会社をやめました。


そして2014年8月4日
あるセミナーで前の会社の時の知り合った方に偶然会い、
「k部長元気なんですか?
「あれ?知らないの 亡くなったよ、去年」

毛利「・・・・」


私を相続と引き合わせ、私を街の不動産会社に引き合わせ、私に仕事のやり方を教えてくれた方

部長は、天才でした。

スピーチはめちゃくちゃうまいし、何も準備しないのにペラペラ・・・

買う気の無い方にも不動産を買いたいと思わせるトーク

借地案件もこの時に、たくさん同行させてもらいました。

鞄はめっちゃ薄いのに、お客様から質問された時には、必ずその資料を持っている。

お客様の家のまえで
「毛利、今日のお客様の名前教えて」
毛利「はいCさんです」
部長「Cさん Cさん Cさん」
と数回つぶやき、接客中はその名前を連呼

朝私が6時とかに出社すれば、かならず部長だけがいる。
4時に来たと言う・・

その時は、勝てないなって思いました。

今の自分ならそれなりに、良い関係を作れると思います。

会話がなかったけど、私が結果をだしたことで、認めてくれていたし、私も距離は保っていましたが
嫌いという感情ではなかったです。

「毛利、お前は生意気だからあんまり好きじゃないけど、本当に勉強家だし、相続を頑張っている。」
などはっきりと直接言ってくれる人でした。

振り返れば、部長をモデリングしていたのかも知れません。

49歳 何でなくなったかは知りません。

病気ではないでしょう。

親は自殺しています。
だから相続をやりたいって言っていました。

なんにも私は力になれませんでした。

私は不義なのかも知れません。

部長のご冥福を祈りつつ、その分も頑張りたいと思います!!

おそらくK部長に一番仕事を教わったのは自分だと思いますんで^^

















家族に感謝される相続68のポイント
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